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2012年3月11日 (日)

『復興』にて。

平成23年3月11日 14:46

震度7・マグニチュード9.0の大きな地震が起こった。

後に、東日本大震災という名の付く、大規模な地震。

これによって併発した広範囲にわたる大津波によって、

とても多くの人の命が奪われた。。。

一年経った今でも、たくさんの行方不明者、身元不明者がいる。

当時の僕は、実家から仙台に戻る高速バスの中に居て、

山の中で大きな揺れを感じることになった。

仙台の街に戻った時、見慣れた街の形はそこには無く、愕然とした気持ちを、今もまだハッキリと覚えている。

そして、

当時とある葬儀社に勤めていた僕は、地獄を見た。。。

死者・・・その数、数千人。

毎日夜遅くまで運び込まれて来る被災者のご遺体。

どんどん安置場の会館は柩で埋まっていく。

悲しみに打ちひしがれ、むせび泣く遺族の声が止む事のない日々。

僕自身、そんな風景を目にして涙を堪える毎日。

精神的にも、体力的にも限界を感じた日もあった。

柩の中で眠る人の苦悶の表情が、津波の恐怖を物語っていた。

恐怖さえも感じる間もなく亡くなった人は、とても安らかな表情だったけど、

津波の酷さを痛感せざる得ない。。。

。。。

当時は地獄か、はたまた悪夢の様な日々だと思っていたけど、

振り返ると、当時自分があの仕事をしていたことを誇りに思える。。。

当時の自分は無力さを痛感せざる得ない状況だったけど、

仕事と言えど、被災者の方々の力になれる働きが少しでも出来ていたのかと思えば、

当時の辛さも捨てたモンじゃない。。。

あれから一年。。。

時間が経つのは早いものです。

僕は地震の発生時刻に黙祷を捧げ、追悼の意を表した。

この一年で、被災地は大分整備され、

通常の暮らしを取り戻した人も居る。

皆、「あの日」に色々な思いを持ちながら精一杯生きている。

もう二度と、

あの様なコトは、起きて欲しくない。

僕は去年、運良く生き延びるコトができた。

だから、

震災で命を落とした人の分も、僕は精一杯生きようと思う。。。

辛いこと、不安なこと、悲しいことも勿論あるけど、

生きてる証拠だからね。

一日一日、大事にしていきます。。。

。。。

全国各地の皆様の応援、本当に嬉しく思います。

被災地に身を置く者として、

本当に感謝しております。

ありがとうございます。。。

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コメント

コメントありがとうございました☆

*こねこさんへ
被災地に暮らしてる方は、皆それぞれあの日にとんでも無く辛い思いをしました。
形は違いますが、一生忘れられないコトです。
そんな人が暮らしているから、その中で生きる事にヘタレる訳にはいきません ^^;
生き残ったコトを幸運と思わなくてはいけませんからね。。。

*パパさんへ
「無力」
これは被災地に暮らしていても、近くても遠くても、皆が痛感した気持ちかと思われます。
何かに自分が取り組んでいたとしても、
「もっと他に出来る事あるんじゃないか?」って、思う毎日でした。
でも、一人が出来る事は小さくても、それがたくさん集まって目に見える形に表れて、今の復興の形があるわけで、
決して「無力」な訳ではないんですよね。。。

「気持ち」だけで、力はしっかり発揮できるんです。

*モアさんへ
僕も当時の仕事に就いていなかったら、何が出来ていたのだろうか?って思うと、本当に仕事柄には救われたと実感致します。
確かに「まだ一年」と思い、完全なる街の復元は未だ出来てはいないかもしれないですが、
今年でまだでも、来年は・・・って、皆の気持ちがあればきっと遠い未来ではないです!

*しまさんへ
17年前に起こった阪神・淡路大震災も、未だそこに暮らす人々の心に大きな爪痕を残しているのが現状ですから、
きっと東北の戦いは長期戦となるのだろうと思っています。
でも、そういった思いをした人が多いから、皆負けずに生きていけるんだと思います。。。

*海月さんへ
海月ちゃんのお父さんは、凄く立派でした。
海月ちゃんのお父さんに救われた魂はたくさんあったよ。
僕は当時の仕事で、それを直接見ることが出来て、本当に良かったと思ったよ。
海月ちゃんのお家も、大変な時間が長く続いて、ある意味ずっと付き合っていかなくてはいけないのかもしれないけど、
それは本当に皆の救いになる御仕事だから、どうか誇りを持って生きてね。

お互い頑張っていこう!!

結びに・・・

本当の皆さん応援ありがとうございます。
応援して下さる気持ちが、本当に救いになります。

投稿: 智斗 | 2012年4月 2日 (月) 20時00分

そっかあー、もう1年もたったのか。
早かったね、ものすごぉく。
なんか、なんていえばいいのかわかんないけど、
とりあえず生きててよかったよね。
大変なことなんか覚えきれないほどたくさんあって、
いっぱいいっぱい泣いたけど、周りに人がいてよかった。
私も直接関わるような感じだったから。
本当にお疲れ様、前向いて歩こうね(o・ω・)ノ))

投稿: 海月 | 2012年3月28日 (水) 11時57分

もう1年経ったんですね。全国で皆がまたあの日のことをこれからも思い続けるのでしょう。
智斗さんにとって本当に大変な日々だったと思いますが、きっと人生の糧となったと思います。
実際被災地に行くことなく遠くから見守ることしか出来ていませんが、自分で出来ること、見つけていこうと思います。

智斗さんの前向きな思い、大切にして欲しいです。

投稿: しま | 2012年3月28日 (水) 01時47分

智斗さんこんばんは☆

あれから1年も経つんですね。
僕なんかもう1年かと思ってしまいますが、テレビなどを見てると現地の人にとってはまだ1年なんですよね。

めちゃくちゃになった街は一見少しずつ復興してるかのように見えたりもしますが、よく見るとガレキが避けられただけだったり、、、

たくさんの人が被災したそのときに、被災者と直接関わるお仕事をしてた智斗さんはすごいことですよ。

最近また関東地方を中心に何度も大きな地震が起こってますが、あのような悲惨な状態にならないことを祈るばかりです。

投稿: モア | 2012年3月15日 (木) 20時57分

本当に月日のたつのは早いもので・・・。
やっと「あの日の震災」と使う事が出来る様になったような気がしています。
が、しかし、実際現地におられる方々にとっては、今もって「この震災」と言わざるを得ない現状の様な気もしています。
この一年、無力である自分を痛感しました。
被災された方や、その後の活動にあたられた方々には頭が下がります。
今の自分に出来る事を探して、これからも応援していきたいと思っております。
お体だけは・・・
では。

投稿: パパ | 2012年3月14日 (水) 05時01分

 こんばんは☆こねこです♪

 すばらしいよ。
 すばらしすぎる!

 私も怖い思いはしたし、今までなかった体験をしたけど、被災地に比べたらまだまだだし、ちぃちゃんの体験したことは決してなくても良かったことではないよね。

 しかも、誇りに思えるなんて、そこまで言えるのは私よりもあの日をしっかりと振り返ってる証拠かも。

 それに、こんなに力強い言葉と姿勢があれば、年月がかかると思われてる復興も、少し早まるかもね(微笑)。

 そして、その強さには尊敬の念で一杯だよ。
 ホントにすばらしい。ホントにすごい。お互いに精一杯生きようね!

 ねこでした。ニャン☆

投稿: こねこ | 2012年3月11日 (日) 23時31分

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